「ジャッジしない」という言葉、聞いたことはあっても実際どういうことかわからない、という方も多いと思います。
何もかも許すこと?善悪をなくすこと?——そうじゃありません。
事実は一つ、真実は人の数だけある
起きた出来事、事実はひとつです。でもその出来事をどう解釈するかは、人の数だけある。
私の真実と誰かの真実は違う。同じ出来事でも、見え方・感じ方・意味づけは全然違う。それは当たり前のことです。
だから「私の真実が正しくて、あなたの真実は間違い」とはならない。事実という共通認識の上で、解釈は人それぞれでいい。
ジャッジを人に押し付けないことが大事
ジャッジしないというのは、自分の中で何も判断しないということじゃありません。
自分にとっての善悪・好き嫌い・合う合わないは、自分の中で持っていていい。問題なのは、それを相手に押し付けること。
「あなたはこうすべき」「それは間違ってる」——これがジャッジを押し付けている状態です。
事実だけを見るとどうなるか
起きた出来事をジャッジせず、事実だけを見るようになると——他の誰かと比べることが減ります。人の行動にいちいち反応しなくなる。自分の人生に集中できるようになります。
違いを「悪」と感じなくなると、人間関係がぐっとラクになります。結果、周りに人が集まってくる。お金も縁も人が運んでくるものだから、人が集まる思考はとても大事だと思っています。
自分の決断にはジャッジしていい
ただ、自分の中で決断を下す時にはジャッジしていいと思っています。
これは自分に合う、合わない。ここには行く、行かない。この人と一緒にいる、いない。自分の選択に対しては、自分の基準でジャッジしていい。
ジャッジしないとは、他者への押し付けをやめること。自分の選択の主語は、あくまで自分です。